検査では大きな異常がないと言われた。
傷も治っているはず。
それなのに、痛みだけが残っている。
こうした状態は、決して珍しいものではない。
そして、「異常が見つからないのだから、痛みも気のせい」ということでもない。
痛みが長引く過程では、傷ついた場所だけではなく、痛みを受け取り、処理している神経系や脳の働きにも変化が起こることがある。
つまり、長引く痛みを考えるときには、「どこが傷ついているのか」だけでは説明できないことがある。
傷は治ったはずなのに、なぜ痛みだけが残るのか
ぎっくり腰や捻挫など、痛みが始まったばかりの時期には、痛む場所を比較的はっきり指させることがある。
「右腰のこの辺り」
「足首のここ」
ところが、痛みが長引いてくると、その感じ方が変わってくることがある。
「腰からお尻にかけて痛い」
「この辺り全体が重い」
「昨日はここだったのに、今日は少し違う」
指一本ではなく、手のひらで広い範囲を示すようになることもある。
痛みの範囲が広がる。
日によって強さが違う。
何もしていないのに痛むことがある。
こうした変化があると、「まだどこかが治っていないのではないか」と考えたくなる。
しかし、長引く痛みでは、傷や組織の状態だけではなく、痛みを処理する神経系の働き方が変化している可能性も考える必要がある。
痛みが長引くと、脳の「痛みの処理」が変化することがある
脳の働きを画像で観察する研究によって、痛みが長期化していく過程で、痛みに関係する脳活動のパターンが変化することが報告されている。
痛みが始まったばかりの時期には、体から入ってくる感覚情報をもとに、
「どこが痛いのか」
「どのくらい痛いのか」
といったことを判断する働きが重要になる。
ところが、痛みが長く続いていくと、それだけではなく、感情、記憶、注意、これまでの痛みの経験など、さまざまな情報が痛みの体験に関わるようになることがある。
つまり、長引く痛みでは、単に「傷ついた場所から痛みの信号が出続けている」と考えるだけでは説明できなくなってくる。
ここで誤解してはいけないのは、
「痛みが体から脳へ移った」
ということではない。
また、
「気持ちの問題で痛くなっている」
という意味でもない。
痛みの処理に関わる神経系のネットワークの使われ方が、時間とともに変化することがある。
そう考えるほうが実際の現象に近い。
検査で異常がないのに痛い――この二つは矛盾しない
長引く痛みで特につらいのが、検査結果と実際に感じている痛みとの食い違いである。
レントゲンやMRIでは、大きな異常が見つからない。
傷ついた組織も回復していると言われた。
それでも痛い。
すると、
「原因がわかりません」
「画像上は問題ありません」
と言われることがある。
しかし、画像に大きな異常が見つからないことと、痛みが存在しないことは同じではない。
痛みは、傷の大きさだけで決まるものではないからである。
組織の状態。
体から入ってくる感覚情報。
これまで経験した痛み。
その痛みにどれだけ注意が向いているか。
記憶。
睡眠。
ストレスや生活リズム。
こうしたさまざまな情報が神経系で統合され、最終的な「痛み」という体験につながっている。
そのため、組織の状態が改善していても、痛みがすぐに同じように改善するとは限らない。
これは、痛みを「気持ちの問題」にする話ではない。
むしろ、痛みを傷や画像だけで説明しようとすると、長引く痛みの一部を見落としてしまうということである。
痛みに敏感になった状態は、なぜ続いてしまうのか
痛みが長く続くと、神経系が刺激に対して敏感になることがある。
以前なら気にならなかった動きで痛む。少し触れただけでも痛く感じる。痛みの範囲が以前より広がったように感じる。動く前から「また痛くなるのではないか」と体が身構える。
こうした変化があると、組織の回復と痛みの回復が、同じ速度で進むとは限らなくなる。最初は腰の組織への負担がきっかけだったとしても、その後に神経系の反応が変化していれば、「傷が治れば痛みも同時にゼロになる」とはならないのである。
そしてこの状態は、生活の変化を通じて続きやすくなる。
痛みに注意が向き続ける。動くことが不安になり、活動量が減る。眠りが浅くなる。生活リズムが乱れ、疲れが取れにくくなる。
こうした要素が重なると、神経系が刺激に敏感な状態が続き、さらに痛みを感じやすくなる。
痛みが続く
↓
痛みに注意が向く
↓
動くことへの不安・活動量の低下
↓
睡眠や生活リズムへの影響
↓
神経系が刺激に敏感になる
↓
さらに痛みを感じやすくなる
ただし、この循環は固定されたものではない。
神経系には、経験や環境から入ってくる情報に応じて変化する性質がある。痛みに敏感になった状態も、新しい感覚や動きの経験、生活の見直しなどによって、反応が変化していく余地がある。
そのため長引く痛みでは、最初に痛みを起こした原因だけではなく、「今の神経系が刺激をどのように受け取り、どのように反応しているのか」という視点も重要になる。
だから「早めに状態を確認する」ことに意味がある
痛みが数日続いたからといって、すぐに慢性痛になるわけではない。
多くの痛みは、組織の回復とともに落ち着いていく。
一方で、痛みが長引いていく場合には、その過程で神経系の働き方にも変化が起こることがある。
慢性痛は一般に、3か月を超えて持続または反復する痛みとして扱われることが多い。
だからといって、
「3か月になるまでは様子を見ればいい」
という意味ではない。
「そのうち治るだろう」
「検査で異常がなかったから大丈夫だろう」
そう思いながら痛みを抱え続けているうちに、活動量が減ったり、睡眠が乱れたり、痛みに注意が向き続けたりすることもある。
だからこそ、痛みがなかなか落ち着かないと感じた段階で、一度状態を整理しておくことには意味がある。
そして、痛みが長く続いたからといって、
「もう元には戻らない」
ということでもない。
神経系には変化する性質がある。
痛みに敏感になった神経系も、新しい感覚や動きの経験を重ねることで、その反応が変化していく可能性がある。
まとめ
痛みが長引くとき、変化しているのは「痛い場所」だけとは限らない。
痛みが続く過程では、体から入ってくる感覚情報だけでなく、感情、記憶、注意、これまでの痛みの経験など、さまざまな情報が痛みの体験に関わるようになることがある。
これは、
「痛みが脳へ移った」
ということでも、
「気持ちの問題になった」
ということでもない。
痛みの処理に関わる神経系の働き方が変化している可能性がある、ということである。
だからこそ、
「検査で異常が見つからない」ことと、「痛みが存在しない」ことは同じではない。
そして長引く痛みでは、「どこが悪いのか」だけを探し続けるのではなく、現在の神経系が刺激をどのように受け取り、どのように反応しているのかという視点も重要になる。
強い痛みが続く場合、しびれや力の入りにくさを伴う場合、発熱や急激な症状の変化などがある場合には、まず医療機関で確認しておくことが大切である。
そのうえで、大きな異常が見つからないにもかかわらず痛みが続いている場合には、なぜその状態が続いているのかを、神経系を含めて体全体から見直していくことも一つの選択肢になる。
