―「戻りやすい体」と「戻りにくい体」の本当の違い―
治療院に通った経験がある人なら、一度は頭をよぎる疑問である。
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どこまで通えばよいのか
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やめたら悪化するのではないか
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通わせるための説明ではないのか
こうした感覚は、決して後ろ向きではない。
むしろ、ごく自然で健全な視点である。
先に結論から述べる。
“施術を受け続けなければならない体” は、本来存在しない。
ただし――
「戻りやすい条件」を抱えたままでは、整えても戻りやすい。
問題なのは、通うことそのものではなく、
体の条件がどうなっているか である。
なぜ整えても戻るのか
―骨ではなく「神経条件」の問題―
多くの人は次のように考えている。
骨がズレる
→ 施術で戻す
→ しばらくするとまたズレる
しかし、実際の順序は逆である。
神経が働く条件が乱れる
→ 筋肉の張力が変わる
→ 結果として骨や姿勢が変わる
つまり、
骨の位置は“原因”ではなく“結果”である。
したがって、骨だけを整えても、
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神経機能が乱れたまま
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ATP(エネルギー)が不足
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呼吸と姿勢の条件が悪い
こうした背景が残っていれば、身体はこう判断する。
「今までの形の方が安全である」
その結果、元の状態へ戻っていく。
これが、いわゆる “戻り” である。
戻りやすい人に共通する「条件」
ここで述べるのは、良し悪しの話ではなく 条件の話 である。
当てはまっても心配はいらない。少しずつ外していけばよい。
① 長時間座りっぱなしで動かない
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デスクワーク中心
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スマートフォン時間が長い
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歩く機会が少ない
刺激が入らなければ、神経は働きを忘れる。
筋力不足というより、
神経が“休み癖”を覚えている状態 である。
② 呼吸が浅く、姿勢が崩れている
呼吸が浅い → 酸素不足
酸素不足 → ATPが作れない
ATP不足になると、
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体を支えられない
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姿勢が維持できない
その結果、整えても維持できず戻りやすくなる。
③ 睡眠の質が低く、疲労が抜けない
睡眠は、身体の“修理時間”である。
修理が不十分なまま翌日に進めば、
良い状態は定着しにくい。
④ 栄養が細胞まで届いていない
食べていても、細胞が使えなければ意味がない。
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糖質に偏る
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タンパク質不足
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加工食品が多い
この条件は、
ATPが作れない
→ 支えられない
→ 戻る
という流れを生む。
「戻りにくい体」に近づくためにできること
では、どうすればよいのか。
特別なことよりも、まずは次の三つを整えることが現実的である。
① 小さく・こまめに動かす
長時間同じ姿勢を続けない。
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1時間に1回は立ち上がる
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その場で足踏みを数十歩
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肩や背中を「小さく・ゆっくり」動かす
大きな運動よりも、頻度の高い小さな動きの方が、
神経にとっては「生きた刺激」になる。
② 呼吸の質を上げる
深呼吸というより、胸郭が広がる呼吸を意識する。
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椅子の座面に深く腰かける
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みぞおちをそっと前に送り、胸の前面を軽く持ち上げる
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肩は上げずに、鼻から静かに吸って、口から長く吐く
酸素が入らなければ、どれだけ姿勢を整えても
ATPは作れず、神経も筋肉も長くは支えられない。
③ 姿勢を「固めよう」としない
「良い姿勢を保とう」と力を入れ続けるほど、
首・肩・背中は緊張し、かえって苦しくなる。
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完璧な姿勢を目指さない
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軽く上に伸びるイメージだけ持ち、あとは微調整に任せる
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同じ姿勢を続けないこと自体が“良い姿勢”の条件である
静止画のような理想姿勢ではなく、
小さく揺れ動きつづける“動画としての姿勢”の方が、
神経にとっては安定である。
施術は「治す」ためではなく、身体が思い出すためのきっかけである
施術の役割は、
身体が本来の働きを“思い出す”ための後押しである。
呼吸
刺激
姿勢
神経機能
これらが整い始めれば、
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施術間隔は自然と空いていく
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自分の力で保てる時間が増える
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やがて“維持のため”へ移行する
逆に言えば、
いつまでも同じ頻度で必要な場合、
どこかで 条件づくりが置き去り になっている可能性が高い。
「通い続けるべきか」より大切なこと
――見るべきは“頻度”ではなく“方向性”――
目的は通い続けることではない。
自分の体が、自分の力で整えられる状態に戻すこと。
そのために必要なのは、
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戻りやすい条件を見つける
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生活の中で一つずつ外す
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必要な時だけ施術で支える
この順序である。
「通い続けないと不安」
「でも、依存はしたくない」
この感覚は極めて健全である。
施術はゴールではなく、
身体を取り戻すための 伴走役 である。
戻りやすさには必ず理由がある。
条件から整えていけば、
身体は確実に “戻りにくい方向” へ変化していく。
焦る必要はない。
一歩ずつ、今できる条件から外していけばよい。
