──“神経の誤作動”は、時間とともに定着する
痛みが生じた際、多くの人は
「しばらく様子を見て、改善しなければ病院へ行こう」
「一晩眠れば治るだろう」
「とりあえず湿布で凌ごう」と考える。
しかし、この“様子見”の時間こそが、痛みを慢性化させ、生活の質(QOL)を著しく低下させる最大の要因となり得る。
本稿では、神経系の視点から「時間と痛み」の関係を紐解く。
なぜ「早期対処」が医学的に不可欠なのか、その理由を解説する。
痛みは「刺激」ではなく「記憶」である
通常、痛みとは「組織が損傷したサイン」だと認識される。
骨折、切り傷、筋肉の炎症などはその典型である。
しかし、痛みにはもう一つの側面がある。
それは「神経が痛みを記憶してしまう」という現象だ。
これを専門的には「感作(sensitization)」と呼ぶ。
感作が進行すると、神経の感受性が異常に高まる。
その結果、本来ならば痛みとして感知されない微細な刺激に対しても、神経が過剰に反応するようになる。
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皮膚に触れただけでチクチクと痛む
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衣類の縫い目が当たると不快で耐えられない
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そよ風が吹くだけで違和感が生じる
これらの症状の背景には、患部そのもののダメージではなく、「感作された神経の誤作動」が潜んでいるケースが極めて多いのである。
時間の経過とともに“定着”する誤作動
「できるだけ早い段階で、神経の誤作動を止めるべきだ。一度“痛みの回路”が定着してしまうと、後から正常な刺激を入力しても、その回路を上書きすることは容易ではない」
これは看過できない事実である。
感作とは、神経系が「痛みの感じ方」を学習していくプロセスに他ならない。
厄介なことに、この「学習された痛み」は、筋肉や骨といった物理的な組織が修復された後も、神経系の中で独立して持続してしまうのだ。
医師から
「画像診断では異常がない」
「組織は治癒している」
と告げられても、依然として強い痛みを感じ続ける。
それは決して精神的な弱さによるものではない。
神経が「痛み」を完璧に記憶してしまった結果生じる、
生理的な現象なのである。
「早期の正しい入力」が神経をリセットする
逆に言えば、誤作動が定着する前に神経へ「正常な刺激(正しい入力)」を与えれば、痛みは学習されずに済む。
早い段階で専門的な施術や動作改善、感覚入力といった適切なアプローチを行えば、神経系は「損傷は回復した」「動かしても安全である」と判断し、強固な痛み回路の構築を停止する。
反対に、数週間から数ヶ月にわたり
「痛いから動かさない」
「痛みを庇って不自然な動きを続ける」
といった行動をとれば、脳や脊髄の中枢神経は、“過剰に反応する癖”を深く学習してしまうのである。
物理的ダメージではなく「神経の増幅」が痛みの正体
臨床現場では、次のような訴えが後を絶たない。
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「衝突した直後は平気だったが、1週間後から痛み出した」
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「当初は違和感だけだったが、日に日に痛みが広がっている」
これらは物理的なダメージが進行しているのではなく、神経系が後追いで痛みを増幅・記憶していった結果である。この段階に陥ると、単なる安静では解決しない。「不活動によって狂った感覚」を正すために、再教育(リハビリ、神経入力、呼吸・動作の修正)という、神経への再プログラミングが不可欠となる。
「様子を見る」のではなく「見極める」
ここで提唱したいのは、単なる早期受診の推奨ではない。
「様子を見ないで、見極める」という姿勢の確立である。
痛みや違和感を覚えた直後に、「その痛みは組織の損傷によるものか、それとも神経の異常(感作)の兆候か」を専門的な視点で見極めること。これこそが慢性痛を防ぐ最強の防御策である。
生活に支障がない程度の段階で専門的なチェックを受ける。
それだけで、その後の数ヶ月、あるいは数年に及ぶ苦痛を回避できる可能性は飛躍的に高まる。
多くの者は「動けなくなってから」専門家を頼るが、神経科学の観点から言えば、それは「家が崩れ始めてから消火器を探す」ようなものである。
ボヤの段階、あるいは「煙の臭い」がする段階で適切に介入することこそが、真に賢明な身体ケアといえる。
放置とは「神経に学習の許可を与えること」である
「少し様子を見よう」という決断は、決して無為な時間ではない。
その間も脳と神経は絶えず活動を続けている。
放置することは、神経に対して「この痛み信号を強化し続けよ」と許可を与えているのと同義である。
神経は極めて忠実だ。
放置されればされるほど、神経は「この信号は重要である」と判断し、より効率的に、より敏感に痛みを伝えるよう、その構造自体を作り変えてしまう(神経可塑性)。
必要なのは、自然治癒を待つ時間ではない。
「神経が誤作動を学習するのを阻止するための、戦略的な時間の使い方」である。
時間が経つほど「元通り」は困難になる
神経系においては、時間の経過とともに「元に戻す」という概念が通用しなくなる。
長期間定着した痛みに対しては、「元の状態に戻す」のではなく、「バグの生じた神経状態を捨て、新しい正常な状態をゼロから学び直させる」という、膨大なエネルギーを要するプロセスが必要になるからだ。
治療をシンプルかつ短期間で完結させる最大の鍵は、テクニックの優劣ではなく、何よりも「介入の早さ」にある。
痛みや違和感が生じた際、自らに問いかけてほしい。
「この痛みが神経に深く刻まれる前に、リセットすべきではないか?」
目に見える組織の損傷(筋肉や骨)にのみ囚われている間にも、脳と神経は刻一刻と「痛みの専門家」への道を歩み始めている。
「様子を見る」ことは、神経にとって「学習の継続」を意味する。
「神経が誤って記憶する前に、正しい入力を与え、動き出すこと」。それが、数年後の自身を救う、最も価値ある決断となるはずだ。
現在の違和感が「安静が必要な損傷」なのか、それとも「再教育が必要な神経の誤作動」なのか。手遅れになる前に、専門的な見極めを行うことを推奨する。
